弊社では、新鮮な動物細胞のようなDNA抽出が行いやすいサンプルを扱うことは殆どありません。土壌等の自然環境中の試料や、動物の体内に存在していた生物片、加熱、加圧を受けた食品、長期間エタノール固定されていたサンプル、製品に混入していた超微量の生物片などです。
そのため、DNA抽出工程では、これらから目的領域を含む純度の高いDNAを、PCR試験等の後工程で不自由しない量だけ回収する必要があります。
この場合に頼りになるのが市販のDNA抽出キットです。各工程が概ねどのような意図で何を行っているのかを把握しておくことで、少ないサンプルからできるだけ多くのDNA量を抽出することや、より精製されたDNAを抽出することに役立ちます。また、トラブルシューティングにも役立ちます。
以下は、DNA抽出キットを使用する場合に知っておきたい知識です。
この記事の結論(先に要点)
- シリカカラムは、溶液の塩濃度とpH(製品によってはアルコール濃度)を変えることで「吸着―洗浄―溶出」を行う仕組み。原理を押さえておくと、手順を誤ったときの判断や、洗浄の強弱といった微調整ができる
- 回収量を上げるコツは、溶出液をメンブレン中央に落とす/1〜3分静置する/温める/量を増やすの4点。濃度を取るか総量を取るかはトレードオフ
- Wash後のエタノール残留はPCR阻害の原因になる。指定された空遠心は省略しない
- 濃度が足りない場合は、イソプロパノール沈殿で濃縮する
DNA抽出カラムの原理
多くのDNA抽出キットでは、DNAを吸着させる担体としてシリカメンブレンが使用されています。
通常の水溶液中では、DNAのリン酸骨格とシリカ表面はいずれも負に帯電しているため、互いに反発します。しかし、グアニジン塩などのカオトロピック塩が高濃度で存在すると、両者の水和状態や電気的相互作用が変化し、DNAがシリカ表面へ吸着しやすくなります。キットによっては、エタノールやイソプロパノールなどのアルコールを併用して吸着を促進します。
この状態でカラムを遠心すると、DNAはメンブレン上に残り、タンパク質、脂質、色素、多糖類、塩類などの多くは通過します。さらにWashバッファーで洗浄することで、DNAをカラムに保持したまま夾雑物を取り除きます。
最後に、低塩濃度でpH 7〜8.5程度のバッファー、または適切なpHの水を加えると、DNAとシリカ表面が再び水和され、DNAがメンブレンから離れて溶出します。つまりDNA抽出カラムは、主に溶液の塩濃度とpHを変え、製品によってはアルコール濃度も利用することによって、「吸着―洗浄―溶出」を行う仕組みです。
これらを知っておくことで、バッファーを入れる順番を間違えた場合などのトラブルシューティングに役立てることや、洗浄をしっかりめに行いたいといった微調整にも役立ちます。
一般的な溶解・Washバッファーの組成とその役割
市販キットの正確な組成は非公開であることが多く、製品によっても異なりますが、一般的には次のような成分が使用されています。
| 成分 | 主に使われる工程 | 役割 |
|---|---|---|
| Trisなどの緩衝剤 | 各種Buffer | pHを一定範囲に維持し、DNAが安定する条件を保つ |
| SDS、Triton、Tweenなどの界面活性剤 | 溶解Buffer | 細胞膜や核膜を可溶化し、膜タンパク質などを可溶化・変性させて内容物を放出しやすくする。作用の強さは界面活性剤の種類によって異なる |
| グアニジン塩などのカオトロピック塩 | 溶解・Bind Buffer | DNAがシリカへ吸着しやすい高塩濃度条件を形成する。タンパク質を変性させ、DNaseなどを失活させる |
| EDTA | 主に溶解時 | Mg²⁺やCa²⁺などを捕捉してDNase活性を抑え、DNA分解を防ぐ。グラム陰性菌では外膜の透過性を高め、溶解を補助する |
| Proteinase K | 破砕・溶解時 | タンパク質や、DNAに結合したタンパク質を分解する |
| RNase A | 溶解時または溶解後 | RNAを除去したい場合に添加する |
| エタノールまたはイソプロパノール | Wash時(製品によりBind時) | Wash工程では、DNAをカラムに保持したまま塩類などを除去する。製品によってはBind工程にも加え、DNAのシリカへの吸着を促進する |
Washバッファーは、二段階に分かれている製品も多くあります。製品によっては、最初のWashバッファーにカオトロピック塩とアルコールが含まれ、DNAを保持しながらタンパク質などの夾雑物を除去します。後段のWashバッファーは主にアルコールを含み、残ったカオトロピック塩やその他の水溶性成分を洗い流します。
土壌、植物、加工食品などには、フミン酸、ポリフェノール、多糖類、色素など、PCRを阻害する物質が含まれる場合があります。これらを対象としたキットでは、沈殿剤や吸着剤を用いた阻害物質除去工程が追加されていることがあります。
Wash後にエタノールがカラム内へ残ると、PCRや制限酵素反応を阻害する可能性があります。このため、指定された空遠心を行い、Washバッファーを十分に除去することが重要です。必要な乾燥条件は製品によって異なるため、メーカー指定の遠心時間と手順に従います。
総回収量を増やすTips
市販のカラム抽出キットは、ある程度のDNAのロスは甘受した上で、精製度の高いDNAを抽出する設計が一般的です。市販のカラムを使うのは非常に簡便で信頼できるのですが、少しでも総回収量を増やすにはどうしたらよいでしょうか。いくつかのコツを挙げます。
A:溶出液をメンブレンの中央へ滴下する
少量の溶出液で溶出する場合は、液が中心から外れるだけで回収率が低下します。
B:滴下後、すぐに遠心しない
溶出液を加えてから1〜3分程度静置すると、メンブレン全体へ液が浸透し、DNAが離れやすくなります。長鎖DNAでは、少し長めの静置が有効な場合があります。
C:溶出液を温める
溶出バッファーを50〜60℃程度に温めることで回収率が向上することがあります。キットで許容されているかは確認が必要です。
D:総回収量を重視する場合は溶出液量を増やす
メンブレン全体を十分に濡らせる量を使用すると、総回収量は増えやすくなります。ただし、DNA濃度は低下します。逆に、少量での溶出はDNAを高濃度にできますが、カラム内に残るDNA量が増える可能性があります。
E:必要に応じて2回溶出する
新しい溶出液で2回目の溶出を行うと、合計回収量を増やせます。高濃度を保ちたい場合は、1回目の溶出液を同じカラムへ再度添加する方法もあります。ただし、2回の新鮮な溶出液を用いる場合ほど総回収量が増えないことがあります。
補足:DNA濃度が薄く、後工程のために濃縮したい場合
弊社では、濃縮には主にイソプロパノール沈殿を用います。エタノールより少ない添加量でDNAを沈殿させられる点と、沈殿に要する時間が短いことが利点です。沈殿後は70%エタノールでDNAペレットを洗浄し、残留する塩類やイソプロパノールを除去します。
まとめ
DNA抽出キットは、手順書どおりに操作すれば結果が出るように設計されています。しかし、劣化したサンプルや夾雑物の多いサンプルを扱う場合、手順書どおりでは必要な量や純度に届かないことがあります。
そうしたときに、各工程が何を狙って何を行っているのかを理解していると、どこを調整すればよいかの見当がつきます。溶出条件を変えるのか、洗浄を強めるのか、そもそも抽出前の破砕から見直すのか。判断の土台になるのは、この記事で扱ったような原理の理解です。
抽出したDNAでPCRがうまくいかない場合の切り分けについては、PCRが増えない・バンドが見えない原因と切り分け方もあわせてご覧ください。
本記事の英語版はこちら: Silica Spin Columns, Explained: How They Work and How to Get More DNA Out of Them
※本記事は弊社の経験に基づく見解であり、すべての実験系やキットに当てはまることを保証するものではありません。

